専門誌 月間カフェ&レストランにて オーナーマレが2年間連載(2008年8月終了)

カウンター椅子
心の交差店
2008年6月号の表紙

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奇跡カフェ(2008年6月号掲載)


「結婚して13年間、ずっと離婚のことを考えていました。もう、離婚届けに判を押し、
あとは私が役所に出しに行くだけという段階だったんです。
そんなとき、強制的にここに連れて来られて・・・」。

彼女は、初めてキックバックカフェ(以下KBC)にやってきたときの様子をそう語る。
それは約一年前のことだった。
二人の子どもを育てながら、ばりばり仕事をこなし、管理職にもついている。
特にその頃は、それまで以上に仕事に力を入れなければならない理由があった。
2年ほど前、鬱だと診断された夫が、自殺願望に取り憑かれていたのだ。

自分の力だけで子どもたちを守らなければいけない・・・そう思っていた。
結婚してから13年、ずっと夫婦関係はうまくいっていなかった。

「まるで準備ができていなかった」。

この一言につきる結婚だった。
ふたを開けてみたら、想像していたものとまるで違っていた・・・そんなショックの連続だった。2回も別居を経験している。
絶え間ないすれ違いと、大げんか・・・

「いつ離婚しようか」。

そればかりを考えていた生活だった。そんな中、夫が鬱になり、「自殺願望」に支配されるようになった。まさに崩壊寸前だった。

「ただでさえうまくいっていないのに、自殺願望に支配されて仕事もできない夫の面倒を見るなんてことできるわけがない。
自殺される前に別れなきゃ。自殺されたら妻として葬式をださなきゃいけない。そんなの迷惑だ!」。

彼女の心は冷えきっていた。
しばらく前、夫婦で大げんかしたときに、夫は離婚届けに署名していた。
後は出すだけだった。ついに決心した彼女は、職場で同じフロアの女性に、なぜか通路ですれ違い、そのときにこう言った。

「もう決めた。わたし離婚する!」。

特に親しいわけではなかったその女性に、なぜか自分がそんなことを言ったのか、今でもわからない。しかし今考えてみれば、それは小さな奇跡だった。

その女性は、その足で近くの書店に走り、一冊の本を買って来て、彼女に手渡した。

「これを読んでみて下さい」。

その本は「この人と結婚していいの?」(新潮文庫)だった。
その女性は言った。「この本の著者は結婚問題の専門家で、仙川でカフェをやっているの。彼の話が聞けるから行きましょう」。

そして半ば強制的に彼女をKBCに連れて来たのだ。
引きずられるように彼女がやってきたのは、毎週水曜日に僕が貸し切りイベントとして開催している「House of Praise」(以下HOP)というイベントだ(本誌2008年5月号参照)。

仕事の都合で到着したのは、僕の講演の最後の10分だった。
「たった10分なのに、一つ一つの言葉が突き刺さった」と彼女は言う。
この10分が彼女の人生を変えた。
離婚しようという決意と13年もの間に積もりに積もった夫に対する敵意は、五月の夜に消えていった。
奇跡が起きた。

それから、彼女はHOPの常連になった。
そして翌月のゴスペルフェスタ(毎月開催のゴスペルライブとトークの人気イベント)に夫を誘って来た。
KBCに出入りするようになり、僕の話を聞き、鬱は存在しないという僕自身の考え方などを聞くようになり、夫をどうしても連れてきたいと思ったのだ。
夫の鬱状態はさらに悪化し、いよいよ休職に追い込まれてしまっていたからだ。



昨年6月のゴスペルフェスタ。満席の人ごみの中に二人はいた。
ただひたすらに、僕たちの演奏するゴスペルが、自殺願望の強い彼の心に希望の灯をともすことを願いステージに立った。
初対面の彼は、うつむき、明らかに抗鬱剤を服用している人独特の特徴を醸し出していた。
しかし、帰るときの彼の顔には笑顔があった。夫は言う。

「僕は、完全に音楽に心を持っていかれましたね」。

二人はほどなく、僕が主催している男と女の心理学講座の受講生になった。
定期的に講座をうけにKBCに通い、水曜日の夜はHOP、
日曜日の夜は「Sunday night service」(2008年1月号参照)に子どもたち二人を連れてやってくる。
KBCはまるで家の一部と化した。

KBCでいろいろな人と出会い、夫婦そろって、僕がバイブルを題材に語るHOPでの講演を聞き、夫婦関係については、講座に通って学ぶようになるうちに、二人の関係は劇的に回復した。
夫自らが、進んで妻を誘い、原点を忘れないようにと、男と女の心理学講座に必ず参加する。
医者から鬱と言われた夫の状態は、驚くほど早くに姿を消した。
服薬もとっくにやめている。

あるとき僕は休職中の夫に「厨房をやってみないか?」と提案した。
どうせ休職中で家にいるなら、体を動かした方がいい。
飲食店のアルバイト経験もあるということだったので、声をかけてみたのだ。

彼はそれからほぼ毎日KBCの厨房に入るようになった。
今ではすっかりメニューも憶え、KBCの味を支える一人である。

先日彼は、会社への復職条件である国家資格の試験を受験した。
規定で定められた休職期間中に、医者から完治に準ずる診断をもらい、復職を願ったが、会社には受け入れられなかった。
会社は、二年も続いていた彼の鬱があまりにも短期間で解消したことがとても信じられないのだ。

このままいくと、休職期間満了後は規定によって退職となる。
しかし、話し合いの結果、会社の提案する資格(合格率3割弱)を取得すれば、復職を特例で認めるということになったのだ。彼は言う。

「受験は、驚くほど平安の中で無事終わりましたよ。
人生で初めて、受験を楽しんでいる自分がいました。
前の私なら、試験の合否、それに伴う将来への不安に押しつぶされていたはずです。心の煩いを取り除かれ、変えられたことに本当に感謝しています。
この先、合格発表が6月の下旬にあり、合否により道が分かれますが、どのような道であっても、案ずることなく進んで行きたいと思います」。

以前は、SEという仕事の重責と職場でのプレッシャーや夫婦関係のストレスで、心のバランスを欠き、悲観して自殺願望に取り憑かれていた男だが、
今は笑顔で「なるようになりますから」と笑っている。
必死で試験勉強をした様子もない。

彼は妻を愛しているし、その歩みは誠実だ。
このような男を復職させないとしたら、会社にとっては大きな損失である。

KBCでは悩みを抱えている夫婦や、心が元気を失っている人々に力強く
「大丈夫ですよ」語る二人を見かける。
夫は、確信に満ちた表情で
「鬱というものは、存在しないんですよ」と語りかけている。

日曜日の夜、込み合っている店内の注文をさばくためにフライパンをふる夫。
その夫が厨房からあがって来るのを待つ妻と子どもたち。
そして四人仲良く店を後にする。

もはや当たり前な光景になったが、それは一つの家庭が崩壊から救われたことの証しである。
そして、その背景には小さな奇跡の連続があった。

奇跡よ、これからも起きてくれ。

 

(2008年6月号掲載)

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■バックナンバー

2008年----------

8月号 町づくりカフェ
7月号 好意がカギだ
6月号 奇跡カフェ
5月号 私の学校KBC
4月号 医療関係者の癒しカフェ
3月号 安全カフェ
2月号 キッズバックカフェ
1月号 バラエティカフェ



2007年----------

12月号 奮い立つカフェ
11月号 大切すぎて入れないカフェ
10月号 おかえりカフェ
9月号 天国の前庭
8月号 ヘルシーカフェ
7月号 再生カフェ
6月号

思い出かふぇ

5月号 かけこみカフェ
4月号 マイホームカフェ
3月号 ノンアルコールカフェ
2月号 元気がでるカフェ
1月号 ゴスペルカフェ

2006年----------

12月号 人儲けカフェ
11月号 キックバックはめぐみカフェ
10月号 キックバックは変身カフェ
9月号 キックバックは出会いカフェ
8月号 クリエーターズカフェ
7月号 ママも子どももキックバック
6月号 キックバックは
閉店後も大歓迎
(連載スタート)



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