専門誌 月間カフェ&レストランにて オーナーマレが2年間連載(2008年8月終了)

カウンター椅子
心の交差店
2007年10月号の表紙

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おかえりカフェ(2007年10月号掲載)


つい先日のことだ。 
定期的に行われているイベントの準備も終わり、本番を迎える前のちょっと一休みをかねて、僕はVIPと呼んでいる場所に座っていた。僕はそこで、イベントのオープンに合わせて、次から次へと人々がやってくる様子をなんとなく眺めていた。
そこに展開していたのは、いつもの光景で、特に珍しいものではなかった。けれどもその日、いつもの言葉がやけに耳に新鮮に響いてきたのだ。

「ただいまー」

「お帰りなさーい!」

正面ドアから入店してくる人々は、口々に「ただいま」と言い、迎えるスタッフは笑顔で「お帰りさない」と迎えている。いや、よく注意するとスタッフだけじゃない。スタッフ以外の人々も「お帰り」と言っている。

別に外国から帰って来たわけじゃない。 仕事帰りにKBCにやってきただけだ。
けれども、ここでは普通のことように「お帰り」とか「ただいま」が飛び交っている。それは、僕の中ではあまりにも日常的になりすぎていたことなので、ほとんど気にも留めていなかったことだった。けれどもこの日、その光景を見ながら、僕はしみじみと思った。

「あ、ここは、帰って来る場所なんだな」と。

仕事で疲れたとき、人間関係で傷ついたとき、「ただいま」と言える場所が人には必要だ。「ただいま」と言えるとき、そこは暖かく迎えられる場所であり、休息できる場所のはずだから。
そうか。キックバックは、そういう場所なんだな。
そんな思いが湧いてきたとき、キックバックが「ただいま」と言いながら帰って来る人たちを迎える「お帰りカフェ」となっていることに僕は心から感謝した。


つい最近、また一人「ただいま」と言いながら帰って来た人がいる。
その名も「王子」。彼はベーシスト。以前、セッションイベントに参加していたことがある。誰がつけたかあだ名が「王子」だ。
王子はよく海外放浪に出かける。東南アジアでボランティアをしていたかと思えば、グランドキャニオンで公園整備のNGOに参加したり。そのためいつも日に焼けている。
そんな彼が、アメリカのNGOの活動に参加するために、暫く渡米するというので、「いってらっしゃい」と送り出したのが数ヶ月前だった。

ところが先月、開店前の朝の仕込みの時間、突然王子が何の前触れもなしに、KBCに現れたのだ。
「ただいまー」と言いながら。
「おおー、王子おかえり!」彼を迎えたスタッフはそう言った。
すると彼が言う。
「つい2時間前まで友達と飲んでたんだけど、そのあと行くところがなくてね」

数日前に帰国して、お金もないから友達の家に転がり込んでいたらしい。
「そしたらここ(KBC)のこと思い出したんだよー。まだオープンしてないってわかってたんだけど・・」
この日、彼は長い時間ショップで過ごした後、Dハウスに泊まっていった。

Dハウスというのは、KBCスタッフを中心に、独身の男たちが住んでいる寮のことだ。カフェスタッフ以外にも、様々な事情でケアが必要な人が入居してきたりする場合もある。ゲストルームがあって、何らかの事情で、ステイする必要がある人をいつでも泊められる体制になっている。
僕たちが、行く場のない人を歓迎できるのは、Dハウスがあるからだ。

翌朝、王子は、KBCの掃除を手伝ってくれて、また「いってきます」と言って出て行った。これから暫くは日本にいると言っていた。実家には帰れないし、行くところがないから、友達の家を点々とするのだそうだ。
きっとまたひょっこり帰って来るのだろう。
彼がいつ帰ってきても、僕たちはまた「お帰り」と迎えたい。
 
 


もう一年半以上も前、ある日曜日の朝、Jという若者が、突然KBCにやってきた。
「人力(じんりき)さんが僕の兄と仕事をしたことがあるらしくて、聞いてきました」
と言う。
人力というのは、浅草で人力車のバイトをしていたとき、辛くて夜逃げして、行くところがなくて、うちに転がり込んで来た男だ。僕が人力というあだ名をつけた。

Jは、人力に会ったこともないし、僕たちのことを全く知らない。東北のとある町で生まれ育った彼。そこで心を病んだり、いろいろなことがあって、自立するために単身上京したのだそうだ。
その後、新宿のキャバクラで働いたりしながら、なんとか頑張ろうとしたものの、どうにもならなくなって、ふと思いだしたのが、「東京に知り合いがいる」という兄の言葉だったらしい。とは言うものの、その兄も、人力とどこかのバイトで数回顔を合わせた程度の間柄だ。

「そういうわけで、ここでお世話になりたいんです」

そう言って頭を下げるJだったが、人力にも、僕たちにも、彼を面倒見る義理はない。でも、わざわざここを頼ってやってきた者を門前払いすのは忍びない。今までもこういう形で世話した人の数は多い。

その日から、彼はDハウスの住人となった。僕は彼をKBCの皿洗いとして使うことにした。しばらくここにいた彼だったが、ある日、ヨーロッパに旅行に行きたいと言い出した。KBCに留まり社会勉強をするか、ヨーロッパ旅行に行くか、悩んでいるというのだ。
結局彼は、旅費を稼ぐために三宅島で仕事をするという理由で出て行った。

「向こうについたら連絡しろよ」と言っておいたが、何の連絡もこなかった。
困ったときは頼ってくるが、ちょっと状態がよくなると消えていく。そういう人は本当に多い。彼もまたその一人だったのかな。そんなことをスタッフと話し合っていた。
すると数ヶ月後のある日、突然彼から電話が入った。

「今空港にいます。お世話になりました」

ヨーロッパに行くのかと思いきや、アメリカに行くという。何でも唐突で、常識もない若者だった。
そのJが、二ヶ月ほど前、突然ひょっこり帰ってきた。

「その節は本当にお世話になりました。連絡もせず本当にすみませんでした」

僕は彼に言った。「おう。よく帰ってきたな」

僕もスタッフも、彼が帰ってきたことが嬉しかった。自分勝手なことをしても「ただいま」と言って帰ってこれる場所であるのが嬉しかったのだ。
お帰り。ただいま。この言葉が今日もキックバックで絶えないことを僕は願う。

そんなことを考えながら、そろそろ帰宅しようとして立ち上がったとき、周りのスタッフに声をかけようとしたら、なぜか自然に口をついて出てきた言葉が・・・

「いってきます」

あ、間違えた、と思い振り返ると、スタッフも笑いながら言った。

「いってらっしゃい」 

今度来るとき、他ならぬ僕自身が「お帰りなさい」と迎えてもらえるのだろう。


(2007年10月号掲載)

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■バックナンバー

2008年----------

8月号 町づくりカフェ
7月号 好意がカギだ
6月号 奇跡カフェ
5月号 私の学校KBC
4月号 医療関係者の癒しカフェ
3月号 安全カフェ
2月号 キッズバックカフェ
1月号 バラエティカフェ



2007年----------

12月号 奮い立つカフェ
11月号 大切すぎて入れないカフェ
10月号 おかえりカフェ
9月号 天国の前庭
8月号 ヘルシーカフェ
7月号 再生カフェ
6月号

思い出かふぇ

5月号 かけこみカフェ
4月号 マイホームカフェ
3月号 ノンアルコールカフェ
2月号 元気がでるカフェ
1月号 ゴスペルカフェ

2006年----------

12月号 人儲けカフェ
11月号 キックバックはめぐみカフェ
10月号 キックバックは変身カフェ
9月号 キックバックは出会いカフェ
8月号 クリエーターズカフェ
7月号 ママも子どももキックバック
6月号 キックバックは
閉店後も大歓迎
(連載スタート)



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