専門誌 月間カフェ&レストランにて オーナーマレが2年間連載(2008年8月終了)

カウンター椅子
心の交差店
2007年9月号の表紙

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天国の前庭(2007年9月号掲載)


キックバックには、開店当初から、「店長」と呼ばれていた常連のお客様がいた。
白髪の老婦人で、駅前で地元の方々とよく話しをしている姿を、チラシ配り隊は目撃していた。
「きっと地元の顔のような方なのかな」
そう思っていたチラシ配り隊に、彼女はよく話しかけてくれた。

「あんたたち、この暑いのにがんばるわね」とか「あれ?今日はもう一人はどこで配ってんの?」とか・・。
何かと気に留めてくださっていた彼女に、スタッフもしきりに来店を勧めた。
「ぜひ、いらしてくださいよ」
「いつか行くわよ。でもちょっと駅から離れてるからね」

そんな彼女を、ある日、チラシ配り隊がエスコートして、店まで案内してきた。
それ以来、気づいてみたら彼女は常連になっていた。
彼女は、来店すると必ずカウンターの「いつもの席」に座る。そして言ったものだ。
「あたしゃね、ここの店長なんだから」。

店長は料理が得意で、いつも、何かしら差し入れをしてくれた。
イカの塩辛の話になると数日後、自家製「イカの塩辛」を持ってきてくれたり、「魚って美味いですよね?」という話になると、青森でしか手に入らない魚の粕漬けを持ってきてくれたり。
「でもね、ほんとはチキンカレーが一番得意なのよ。何日もかけて煮込むから、肉なんてなくなっちゃうんだけどね」
「ほんとっすか? じゃあうちで出したら大人気になりますよ。」

彼女は、キックバックの店長であることを楽しんでくれているようだった。

そんな彼女が、2ヶ月ほど姿を見せなくなった。
一体どうしたんだろう?とスタッフで話していた矢先、久しぶりに、突然やってきた。
その時、実は彼女は喉頭癌で入退院を繰り返していることを知った。高齢の上に、厳しい治療。体への負担は大きく、体力も失われていく。

地元の住人とはいえ、キックバックにくるためには、自宅近くからバスで仙川駅まで出てから、人よりも三倍くらいの時間をかけて、ゆっくりゆっくり歩いて来なければいけない。
日に日に痩せていく体。店に着くと「あー疲れた!」と言いながら、いつものカウンター席に座る。
それでも、来店するときはおしゃれをして「これ、新しく買った服なのよ」などと言いながら、スタッフに話しかけてくれる。

そんな彼女は、スタッフの支えだった。
「こういう方が一人でもいる限り、最高のサービスを提供していくんだ」
そんな思いを新たにさせられたのだ。

ある日、僕がカウンターに座っていると、店長がやってきた。
彼女は「いつもの席」に座る当然の権利があるようなオーラを放っていた。僕はその迫力で思わず席を譲った。
 



ある日、彼女は、退院直後に来店してくれた。
「店長お帰りなさい」
スタッフ一同声をかけた。
カウンターに倒れこむようにしてぜぇぜぇ言いながらの来店だった。

ノドには気道確保のために穴が空いていた。以前のように、あのしゃがれただみ声で話すことはもうできない。それなのに冗談を言ってスタッフを笑わせてくれる。
流動食しか喉を通らないはずなのに、シフォンケーキとラテのセット注文し、ゆっくりと時間をかけて食べて帰ってくれた。

その店長が、最近亡くなったという知らせを受けた。
もう、あの店長さんが、キックバックに来ることはないのかと思うと、スタッフたちの胸には、寂しさがこみ上げる。
しかし同時に、彼女の人生の終わりのときに、キックバックは、癌と戦う彼女にとって、特別な場所となり得たのかなと思うと大きな喜びを感じる。

何が彼女の心に届いたのか、どうして彼女が、エネルギーを絞り出すようにしてまで、キックバックに来てくれたのか、僕たちにはわからない。
けれども、死の気配と隣合わせに生きながらも、あそこまで通ってくれた店長さんを思うと、キックバックには、病や死の悲しみを超えた希望の香しさがあったのかもしれない。
そうでなければ、わざわざ足を運んでくれるはずもない。きっとそうなのだと信じよう。


つい最近、とあるイベントに、店長さんの息子さんが来てくれた。
娘さんは数回、店長さんとともに来店してくれたことがあったが、息子さんが来てくれたのは初めてだった。

「亡き母を忍んでいるとき、母がここにちょくちょく来ていたという話しが出て、どんな場所かと思い来てみたんです」

対応したマネジャーに彼はそう言った。
マネジャーは、店長さんが、我々にどんなによくしてくれたかを、息子さんに語った。それは、彼が知らない母の姿だった。

「そうだったんですか・・」感慨深そう彼は言った。
「母はもう来ることができませんが、これからは、僕が母の分まで来させてもらいますよ。これからもよろしくお願いします」彼はそう言って帰って行った。


死期が迫ったとき、あなたにとって、行きたくなる場所はどこだろうか?
不思議なほど、この場所を気に入ってくれた店長さん。

ここに、どれほどの魅力があったのだろう?
もはや彼女からそれを直接聞くことはできない。
でもここは、彼女が最後の日々に、好んで足を運んでくれた場所。
僕たちが知っているのはそれだけだ。

きっとここは、彼女にとって天国の前庭だったのかもしれない。
そうだとしたら、これほど光栄なことはない。

キックバックはリラックスしようとう意味だ。店長さんは、僕たちに、キックバックの存在の意義を改めて気づかせてくれた。
僕たちは願っている。 この場所が、人の目には悲しみに見えることのまっただ中でさえ、安らぎや希望を与えることができる場所であり続けられるようにと。


(2007年9月号掲載)

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■バックナンバー

2008年----------

8月号 町づくりカフェ
7月号 好意がカギだ
6月号 奇跡カフェ
5月号 私の学校KBC
4月号 医療関係者の癒しカフェ
3月号 安全カフェ
2月号 キッズバックカフェ
1月号 バラエティカフェ



2007年----------

12月号 奮い立つカフェ
11月号 大切すぎて入れないカフェ
10月号 おかえりカフェ
9月号 天国の前庭
8月号 ヘルシーカフェ
7月号 再生カフェ
6月号

思い出かふぇ

5月号 かけこみカフェ
4月号 マイホームカフェ
3月号 ノンアルコールカフェ
2月号 元気がでるカフェ
1月号 ゴスペルカフェ

2006年----------

12月号 人儲けカフェ
11月号 キックバックはめぐみカフェ
10月号 キックバックは変身カフェ
9月号 キックバックは出会いカフェ
8月号 クリエーターズカフェ
7月号 ママも子どももキックバック
6月号 キックバックは
閉店後も大歓迎
(連載スタート)



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