専門誌 月間カフェ&レストランにて オーナーマレが2年間連載(2008年8月終了)

カウンター椅子
心の交差店
2007年7月号の表紙

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再生カフェ (2007年7月号掲載)


先日、カウンター席に座った常連客のMさんと、スタッフが数人で話しをていたときに
「ここの男スタッフは何かしら『無職』の時期があるヤツが多いんですよ」
という話になったそうだ。

確かに、よく考えてみると、マネージャーもブッキングマネージャーもバリスタも、キックバックカフェ(以下KBC)に来た時はみんな無職だった。

一般に、転職や就職の際には、過去に無職の空白期間があったというのはできれば書きたくないことだろう。それは、面接官に決していい印象を与えない。

しかしKBCではそうでない。ここは、職がなかった底辺の日々を、まるで勲章であるかのごとくに堂々と語る場所なのだ。
なぜなら、個人の底辺の経験こそ、まさに今、鈍底をなめている人々に希望を与える力となるものだからだ。

KBCには、僕の本の読者やカウンセリングのクライアントさんたちが多くやって来る。僕のやっているカウンセリングは、主にカップルを対象にしたものだが、もちろんそれだけではなく、人生に行き詰まっているとか、今後の進路のことで悩んでいるという人たちも相談にやって来る。

中には、まさに「人生の底辺」を味わっている人たちもいるのだ。
途方にくれ、これからどうしていいのか混乱しているとき、今後のことを考える気力も湧いてこないとき、そんな所から力強く再生していった人の生きた証ほど勇気を与えてくれるものはない。

だから僕は元無職の男性スタッフをすぐに紹介する。
特にバリスタは、もともと僕の本の読者で、まさに今後の仕事にときにやってきた男だ。
その彼が毎日カウンターで人と対面しながら、嬉しそうにコーヒーをいれている。

僕は必ずこう言う。
「彼も読者だったんですよ。でも、ちょうど人生の『どつぼ』にはまっているときに、こっそり誰にも分からないようにこの場所に様子を見に来て、今はここで働いているんですよ。ここには、スタッフばかりじゃなくて、集まって来る人たちの中にも、そういう人が多いんですよ。だから必ず大丈夫。これから、いい方向に向かいますよ」

すると、それを受けてバリスタも「そうなんですよ。○○さんも、一年後には、ここでコーヒー入れてるかもしれませんよ」などと冗談でつなぐ。
そんな姿を見て、鈍底を味わっている人たちの顔にも笑顔がもどる。

なんとなく「きっと大丈夫」と思えるようになってカフェを後にする。

ここは、一度は挫折した人々が、再生していく手助けをする場所だ。



つい先日、スタッフが駅前で配っていた一枚のチラシを手にした女性が、毎月恒例のゴスペルフェスタという音楽イベントにやってきた。

ゴスペルフェスタというのは、入場無料でKBC開店以来ずっと続けているもので、ゴスペルミュージックとトークで、ゴスペルという音楽に込められた希望を伝えるものだ。
もともとは、1995年の阪神淡路大震災の半年後に、アメリカのゴスペルアーティストを招聘して、東京、浜松、神戸で開催したチャリティーコンサートが始まりだ。

彼女は近所に住んでいるらしいが、このイベントに来たのは初めてだった。
ゴスペルフェスタの最中、彼女は号泣したらしい。

何が彼女の心をうったのだろう?

実は彼女は、十代の頃からずっとPA(コンサートなどの音響)をやっていて、専門学校卒業後、アメリカの学校で、さらに専門的に音響の勉強をした。
ところが、卒業試験の最中に、試験官から「高い周波数帯と、低い周波数帯の両方が聴こえていない」と言われた。
これは致命的な欠陥だと言われ「プロのPAやレコーディングエンジニアににはなれない」と宣告された。

そして彼女はその道に進むことを断念して帰国した。そして本来はやりたくなかった業界でOLをしながら生活している。

挫折を味わった彼女にとって、ゴスペルという音楽に込められた希望のパワーは強烈だったようだ。そして音楽は耳で聴くのではなく、心で聴くものなんだと気づき、涙が溢れたということらしい。

翌週の日曜日、彼女は一人、また夜のイベントにやってきた。
ゴスペルフェスタであまりにも感動したので、また来ようと思ったのだそうだ。その日は、サンデーナイトサービスで、ゴスペルフェスタのような本格的なコンサートではないが、毎週入場無料で行われているイベントだ。

その夜、彼女に話しかけ知り合いになった出演者の一人から、彼女がここに来ることになったストーリーを聞かされた。そして初めて彼女と話すことになった。

試験のとき、ある周波数帯が全く聴こえないと言われた、というその話しを聞きながら、僕の頭には「PMSじゃないか?」という疑問がよぎった。

PMSというのは、女性の月経周期によるホルモンの変動によって起こる症状で、生理の前10日くらいから始まる。これは病気でも欠陥でもなんでもなく、多くの女性が体験する月経周期の影響の一つなのだ。

症状の出方は150以上報告されているが、具体的に身体に出る影響の一つとして、たとえば喉がしまって声が出にくくなったりすることもある。実際、僕の妻は、ボーカリストだが、PMSの時期になると声が出にくくなる。
だから、PMSの影響で、聴力に影響が出ることは大いに考えられることだ。

日本では、女性の性教育でもほとんど正しくPMSについて学ぶ機会がない。

「きっとPMSで、聴力に影響が出ていたんだと思うよ」と僕は言った。 

「え?PMS?」

彼女はPMSについては全く知らなかった。
ムリもない。アメリカに渡っていたとはいえ、数年間、音響技術についての専門の勉強をしていただけだから。

生理周期とホルモンの影響のことを知ると、彼女は自分の試験期間が、実はいろいろな体の変調で生理が止まってしまっていた時期であったと告白した。
だとするなら、女性の体に多大な影響を与えるホルもンのせいで、彼女の聴力がベストな状態でなかったことは容易に想像がつく。

この夜の彼女にとって、PMSについて知れたことが、ものすごく大きな収穫だったようだ。

僕は言った。

「うちのカフェでPA手伝ってよ」

彼女にとってそれは、あり得ない話しであった。能力的に不適合と診断されて、一度は全く断念した道なのだから。でも、彼女は再びやってきた。

それは一度はあきらめかけた道への、再スタートの一歩だ。

今、KBCを舞台に、彼女の再生への旅が始まった。

(2007年7月号掲載)

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■バックナンバー

2008年----------

8月号 町づくりカフェ
7月号 好意がカギだ
6月号 奇跡カフェ
5月号 私の学校KBC
4月号 医療関係者の癒しカフェ
3月号 安全カフェ
2月号 キッズバックカフェ
1月号 バラエティカフェ



2007年----------

12月号 奮い立つカフェ
11月号 大切すぎて入れないカフェ
10月号 おかえりカフェ
9月号 天国の前庭
8月号 ヘルシーカフェ
7月号 再生カフェ
6月号

思い出かふぇ

5月号 かけこみカフェ
4月号 マイホームカフェ
3月号 ノンアルコールカフェ
2月号 元気がでるカフェ
1月号 ゴスペルカフェ

2006年----------

12月号 人儲けカフェ
11月号 キックバックはめぐみカフェ
10月号 キックバックは変身カフェ
9月号 キックバックは出会いカフェ
8月号 クリエーターズカフェ
7月号 ママも子どももキックバック
6月号 キックバックは
閉店後も大歓迎
(連載スタート)



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