専門誌 月間カフェ&レストランにて オーナーマレが2年間連載(2008年8月終了)

カウンター椅子
心の交差店

2006年11月号の表紙

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キックバックはめぐみカフェ (2006年11月号掲載)


早いもので、10月26日に、キックバックカフェ(以下KBC)は二周年を迎える。
二年間というのは何かを学ぶには充分の長さだ。
僕たちはこの二年間でなにを学んだだろう?
とりわけこの僕自身は、KBCのオーナーという立場でなにを学んだのだろうか?

そんなことに思いを巡らしながら、つくづく思ったことがある。
それは、この二年間は本当に恵みの多いときだったなということだ。
恵みというと「天の恵み」とか「恵みの雨」などという風に使われるように、それは「感謝すべき与えられたもの」という意味だ。

この二年を振り返ると、そこにあるのは確かに与えられたものの大きさだ。
人は与えられるものがなければ、何もなし得ない。
僕はこの当たり前な人生の基本を、この二年で再び学んだのだとしみじみと、そう思う。
 
カフェを経営するにあたり、進んで事を成そうとする積極的な姿勢と意欲を持った人材こそが、事業の成功と失敗とを分ける。もちろんカフェに限ったことではないが・・。
僕はオーナーという立場だから、旗を振って音頭をとる。そして方向付けを与えたり教育したりすることはできる。
けれども、働く意欲を与えることはできない。こちらが提供する環境で、自らの力を発揮していこうとする意欲があるかないかは、彼ら自身の問題だ。
幸いにしてKBCは、言われなくてもやろうとする意欲のある者たちによって支えられている。彼らは薄給と長い労働時間に文句を言わず、非常によく働いてくれている。
これを「恵み」と言わずして何だろう。
 
ちょうど梅雨に入ろうとしていた頃、KBCは開店以来のピンチを迎えていた。
開店以来、ずっとKBCの味を支えてきたシェフが、一身上の都合で突然現場を離れることになったのだ。それは不意をついた出来事だった。
ある朝、突然シェフは現れなかったのだ。無断で休む無責任な男ではなかったので、何があったのかとみな彼の安否を気遣った。
しばらくしてメールが入り、彼の無事はわかったが、彼はプライベートな問題を抱えて混乱していた。連絡を受けたスタッフは、彼を励ましKBCのことは心配するなと言った。けれども、スタッフの間には動揺が走った。

誰が作るのか・・・KBCの味の良さは、おかげさまで評判になっていたし、我々も味には自信を持っていた。素材も味もこだわった料理が売りだ。レトルトじゃない。
それだけに、こちらの狙い通りの味を出せる味覚を持ったシェフが戦線離脱したことは非常に大きな痛手だった。
早朝の買い出しから、仕込みまで、一手に引き受けていた彼が現場を離れても、それでもカフェはオープンしなければならない。誰がこの穴を埋めるのか。
 
その日から、マネージャーが厨房に入った。
今まで忙しいときの補助で調理をしていたくらいで、本格的に厨房に立ったことがない。
しかし今や彼が厨房の中心にならなければならなくなった。大至急全てのメニューを覚え、おまけに、仕込みや買い出しもこなす必要がある。
労働時間は1.5倍になった。
通常営業をしながら、味を落とさず、一人欠けた分を補うことがどこまでできるのか。それはまるで勝負のようだった。

「味が違う。作りなおしだ」
しんどいと分かっていたが、心を鬼にして妥協を排除した。
大変だという言葉を封印した。メニューの構成と、味のクオリティーコントロールは、僕の妻の仕事だが、彼女は緊急でシェフがいなくても出来るように、仕事の流れを組み直すように指示した。それでも、シェフがいなくては作れないメニューもあった。
撮影して、まさに今始めようとしていた季節メニューも、変更する必要に迫られた。
何度もテイスティングして準備したメニューだったが、シェフがいなくては作れないものだったからだ。数日で新メニューを考えた。
正スタッフは、みなこの状況をよく理解してくれた。突然のオペレーション変化に対応するために、一人一人がカバーしあった。
誰も文句を言わなかった。
それぞれが、やるべきことを理解しているようだった。

お客様の舌をごまかすことはできない。
少しでも味が落ちれば、戻ってこなくなるかもしれない。
僕たち夫婦はメニューを常に食しているが、この時期はさらにその回数を増やし、味のチェックをし続けた。満足のいかないものは、何度でも作り直させた。お客様からの声が耳に入る度に、それをフィードバックした。



この時期、梅雨だというのに売り上げは上がった。スタッフ一同喜んだ。
これを恵みと言わずして何だろう。

このような緊急事態の中で、KBCは夏に大きなイベントのプロデュースを手がけた。
仙川初のミュージックフェスタと、アートを発信するアベニューフェスタだ。
ひとつの街で、全く異なる色を打ち出す二つの地区がある。
調布市が定めた「仙川周辺地区街づくり計画」の中では、商業業務地区になっている「仙川商店街」と、芸術文化地区に定められた「アベニュー」だ。
その双方が独自に祭りで街を飾るのだ。

商業地区では8月に「おらほ仙川夏祭り」が行なわれる。
20年目の今年、仙川ミュージックフェスタは、その祭りの一環として行なわれたものだ。
芸術文化地区のアベニューフェスタは昨年から始まった、新しいアート発信のイベントだ。こちらの方が規模は小さい。僕たちはその両方をプロデュースさせていただいた。

アベニューフェスタは先月下旬、二日間行なわれた。
KBCはオープンカフェを展開し、キッズランドでは子どものイベントを開催した。
通常営業と同時進行だったため、カフェは一時的に二店舗になった。
関わっているサポートスタッフを騒動員した。
オープンカフェのステージでは音楽を提供した。

二日目、会場にいたマネージャーと話しがしたいと、駅前の居酒屋店長がやってきた。
「苦情か・・・」そう思ったマネージャーはプチやくざモードで臨んだらしい。(笑)
するとその店長は、開口一番はこう言ったというのだ。
「こんな素晴らしいことを仙川のためにやっているカフェが、この街にあったんなんて知らなかった。ぜひ、KBCのチラシをうちに置かせてください。仙川のために、ぜひ一緒にやらせてください」
プチやくざモードは必要なかった。なんという嬉しい声だろうか。緊急事態を乗り切ったスタッフにとって、このような声こそが報いなのだ。彼は後日来店してくれた。
これもまた恵みと言わずして何だろう。
 
不思議なことに、この時期に、アメリカ帰りの料理人が友人から紹介されたと言って京都から僕を尋ねてきた。
住む場所と食事があれば、お金のことはどうでもいい。そう言うのだ。
彼は自らの意志で京都の店をやめ、今KBCの厨房に立っている。

こういうことは僕の実力を超えている。
これを恵みと言わずしてなんだろう。
三年目も、KBCが「めぐみのカフェ」であり続けることを、僕は期待している。


(2006年11月号掲載)

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■バックナンバー

2008年----------

8月号 町づくりカフェ
7月号 好意がカギだ
6月号 奇跡カフェ
5月号 私の学校KBC
4月号 医療関係者の癒しカフェ
3月号 安全カフェ
2月号 キッズバックカフェ
1月号 バラエティカフェ



2007年----------

12月号 奮い立つカフェ
11月号 大切すぎて入れないカフェ
10月号 おかえりカフェ
9月号 天国の前庭
8月号 ヘルシーカフェ
7月号 再生カフェ
6月号

思い出かふぇ

5月号 かけこみカフェ
4月号 マイホームカフェ
3月号 ノンアルコールカフェ
2月号 元気がでるカフェ
1月号 ゴスペルカフェ

2006年----------

12月号 人儲けカフェ
11月号 キックバックはめぐみカフェ
10月号 キックバックは変身カフェ
9月号 キックバックは出会いカフェ
8月号 クリエーターズカフェ
7月号 ママも子どももキックバック
6月号 キックバックは
閉店後も大歓迎
(連載スタート)



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