専門誌 月間カフェ&レストランにて オーナーマレが2年間連載(2008年8月終了)

カウンター椅子
心の交差店
2006年6月号の表紙

旭屋出版web site


キックバックは閉店後も大歓迎 (2006年6月号掲載)


ある夜のことだ。
深夜一時頃、とっくに営業を終えた店内では、スタッフが最後の片付けをしていた。
すると看板のライトも落ちているのに、真っ暗な入り口をスルーして、扉をあけて入ってくる人影があった。
やって来たのは、近所のファミリーレストランで、ウエイトレスのアルバイトをしている女性だった。
既に、イベントなどに出入りするようになっていたので、スタッフの殆どが顔見知りだ。
「おお、元気か 今帰り? どうした?さえない顔して・・・」
声をかけたのは、夜のクロージングスタッフとして、サポートに入るスタッフだ。
一刻も早く仕事を片付けて帰りたい時間だが、キックバックの扉をくぐるものは、何時であっても暖かく迎える。
これがキックバックの基本だ。これができない者はここでは働けない。 
深夜に入ってくる人は、注文するのが目的ではないことは明らかだ。
彼らは、誰かと話をする必要を感じているから来る。
ここにくれば、誰かが迎えてくれる、そう思ってくれているから閉店しているのを知っていてもやってくる。
僕たちはこれが本当にうれしい。なぜなら、キックバックカフェは、まさにそのためにあるのだから。

最近、偽造建築問題で、メディアを通してキックバックという言葉が悪い意味で多様されることが多かったので、うちの姪っ子がワイドショーをみているとき、「キックバック?おじちゃんのお店!」と叫んだそうだ。 
違う違う。キックバックとは、英語の俗語で「リラックスしよう」という意味だ。
僕が独身時代、ロスにいたとき、何度も言われたことば。
「ヘイ、キックバック!(リラックスしろよ)」
日本人はペースが早い。東京で生活しているペースをロスに持ち込むと、こう言われる。
ロスは、アメリカの中では非常にハイペースな場所であるに間違いないのだが、それでも東京に比べると格段にスローだ。
独身時代に住んでいた寮で、モンタナ出身の友達とこんな会話をしたのを今も覚えている。彼がこう言ったのだ。
「ロスはいつもビジーで、このペースについていけないよ」
僕は、のけぞってこう言った。
「え?僕はここにいるとペースダウンできるから、すごくリラックスしていられるよ」
「だって、お前トーキョーだろ?」

そんなトーキョー人の僕が何度も言われたことば。それがキックバックだ。
キックバックカフェは、そのものずばり、人々がリラックスできる場所であるために存在している。
だから、彼女のように、わざわざ閉店後に入ってくる人たちを大歓迎する。

「ちょっといいですか、私、今日すごく悔しくて」
彼女はバイト先から直行してきたという。
「まあ、座って。どうしたんだ?」
彼女は、その日、バイト先で起こったお客さんとのトラブルについて、話し始めた。一通り話しが終わると、彼女はこういった。
「聞いてくれてありがとうございました。元気が出てきました。これで明日もがんばれます」
そう言うと彼女は帰っていった。
彼女のライフスタイルの中に、キックバックは、ビタミン補給場所として存在しているらしい。
彼女のバイトが終わる時間に開いてる店と言えば、仙川では、数件の居酒屋かファミレスだけだ。
でも、若い女の子が、一人で酒を飲みに行くには、よっぽど酒が好きじゃない限り、なかなか勇気がいることだろう。
おまけに彼女は一人暮らしだ。
そんな彼女が、バイト帰りに、安心して心の重荷をおろせる場所がキックバックなんだな。僕はそう思った。
彼女の中で、キックバックは、確かに僕たちが願った通りの存在になっている。これが何よりも嬉しい。
彼女の話をきいている間、当然のことだが、対応しているスタッフの仕事の手は止まる。
でも、こういう光景は日常だ。誰も文句を言わないし、早いとこ片付けて仕事にもどれよ!とも言わない。
鍵を預かるスタッフは最後の一人が出て行くまで帰れない。
だから帰宅も遅くなる。それでもいいのだ。
僕はこういう出来事の報告をうけるとき、「よくやった」とスタッフに誇りを感じる。


 
つい先日のことだ。深夜12時を回った頃だった。この日はライブイベントがあったので、後片付けなどは特にエネルギーを使う。
スタッフも通常営業日以上のオーダーをこなし、疲労している。 
けれども、レジのサポートにはいていた女性スタッフが、血相をかえて僕のところに飛んできてこう言うのだ。
「あの、マレさん、外で女の人が倒れちゃって、ちょうど店の目の前なんですけど、いれてあげていいですか?」
「何?女の人が倒れた?」
状況が全くわからなかったので、とにかく外に出てみた。
すると一人の男性が必死になって支えようとしているが、もうどうにも、ならないという様子だった。
「どうしたんですか?」
「いや、わかりません。たまたま歩いてたら、この女性が突然倒れたんで、なんとかしようと思ってたところです」 
男性スタッフもすぐに駆け出してきて、その女性を二人がかりで持ち上げ店内へと運んだ。
「あとは僕たちでやりますから、どうぞ。お帰りください。ありがとうございました」
彼は安心した様子で帰って行った。
どうやらこの女性、お酒をずいぶん飲んでいるらしい。
しかし、ただ酔っているというよりも、何かの発作のような状態だ。
大至急救急車を呼んだ方がいいのか、判断を急がねばならない。そんな緊迫した雰囲気が漂っていたとき、彼女が絞りだすようにこう言った。
「く、薬がバッグに・・」
「え、薬。それを飲めば大丈夫なの?」

すかさず女性スタッフがバッグを開け、中から薬を取り出した。
薬を飲んだ彼女は、少し落ち着きを取り戻したようだ。どうや持病らしい。  
この夜、めずらしく体調がよかったので、薬を飲まずのお酒を飲んだら、帰り道夜風に打たれて、とつぜん具体が悪くなったとういことらしい。
それから小一時間、女性スタッフが彼女を介抱した。
しばらくすると自分から帰ると言い出して立ち上がったのだが、また倒れ込んだ。 
これじゃとても一人で帰すわけにはいかない。
誰かが送っていくしかないな と思っていると、介抱していたスタッフが言う。
「そんなに遠くじゃなさそうなので、私たちで送って来ます」
「あ、そうしてくれる?よろしくね・・」

結局、彼女ともう一人のスタッフで、彼女を抱えるようにして自宅まで送り届けた。
数日後、この女性がお菓子をもってショップを訪ねてくれた。
迷惑をかけたお詫びとお礼だという。
ありがたいことだ。
けれども、この日、そこに居合わせた誰も、突然の彼女の登場を迷惑だなんて思っていない。
むしろ、こういうきっかけがなければ、出会うことが出来なかっただろう彼女との新しい出会いに感謝しているほどだ。
なぜなら、キックバックで働いているものも、みな何らかのきっかけで知り合ったのだから。
 
キックバックは閉店していても、来店してくれること人を大歓迎する。
メニュー以外のものをきっかけに、人の心が交差する場所となることを願っている。 
そしてそれは今のところ実現しているようだ。

こういう光景は、日常的でめずらしくないし、前述したが迷惑でもない。その代わり、常連さんには、僕たちはなんでも頼んでしまう。
閉店後の店内で、片付けをしている人々の、誰が正スタッフで、誰がお客さんなのか、初めて来店した人には、区別がつかないかもしれない。
そんな人たちに支えられて、今日も営業できていること、本当に嬉しく思う。

(2006年6月号掲載)

このページのトップに戻る


■バックナンバー

2008年----------

8月号 町づくりカフェ
7月号 好意がカギだ
6月号 奇跡カフェ
5月号 私の学校KBC
4月号 医療関係者の癒しカフェ
3月号 安全カフェ
2月号 キッズバックカフェ
1月号 バラエティカフェ



2007年----------

12月号 奮い立つカフェ
11月号 大切すぎて入れないカフェ
10月号 おかえりカフェ
9月号 天国の前庭
8月号 ヘルシーカフェ
7月号 再生カフェ
6月号

思い出かふぇ

5月号 かけこみカフェ
4月号 マイホームカフェ
3月号 ノンアルコールカフェ
2月号 元気がでるカフェ
1月号 ゴスペルカフェ

2006年----------

12月号 人儲けカフェ
11月号 キックバックはめぐみカフェ
10月号 キックバックは変身カフェ
9月号 キックバックは出会いカフェ
8月号 クリエーターズカフェ
7月号 ママも子どももキックバック
6月号 キックバックは
閉店後も大歓迎
(連載スタート)



「心の交差店」TOPへ戻る

ホームに戻る